三宅一生氏「造ろうデザインミュージアム」から10年

21世紀のデザインミュージアムに求められる役割とは?

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——とはいっても、洗濯機や、炊飯器ができたときも、同じことだったのかもしれないですね。その時代の方たちにとっては、炊飯器自体も行き過ぎているように感じることも、あったかもしれないですね。

 

洪:そういう方もいたでしょうね。エンジアリングで、かまど炊きに命を燃やす人もいれば、かまど風の電子釜をデザインする人もいる。そこで誰かが、このような価値の商品を作ろう、と言って価値観が決まっていくんですよね。でも、それはニーズがなければやらないし、モニタリングして、「こんなものは使いません」ってなったら商品化に至らないかもしれない。いろいろとせめぎ合いながら物を作っているのだと思います。

浅香:なんか、やたら生活を複雑にしている感じがしています。たとえばハサミや包丁って昔からそんなに変わっていないですよね。家電の世界やクルマの世界でも、もう少しヒトとの関係をシンプルに考え直したほうが良いんじゃないかと思っています。もちろん便利になることは悪いことではないし、豊かさの実現のためにはそれも目指してはいますが、その結果として逆に生活のゆとりを失っている現実があるように思うのです。

宮沢:東芝の電気釜も良い時代の例として挙っていますけど、確かにあれだって、薪で炊いた方がうまいよ、っていう方たちもいますよね。でも、電気釜ができたというのは、できるだけ、主婦の負担を少なくしよう、という人の為を考えているんです。そういう意味では、家電はほとんどそうなんですよね。洗濯機も電気釜もポンで終わるし、今では、外出をしていても家の中のこともコントロールできてしまうようになりましたよね。でも、ここまではいいけど、ここまではやり過ぎじゃないかというところのライン引きも必要だと思います。

勝井:要するに家電が主婦の労働力を少なくしたことによって、余暇はできたけど、その分、失ったものも多いんですよ。簡単にいうと井戸端会議がなくなってしまった。やっぱりそれを補う何か他のものを作る必要があるんじゃないでしょうか。

 

宮沢:最近では人間の頭までデジタルになってしまっていますからね。

 

 

——確かにそうですね。○か×か、ONかOFFの世界になってしまっていますね。

 

勝井:人間としてもバランスをどう保っていけるか、ということが大切ですよね。携帯もそうですが、今はデジタル化が進みすぎて、人との関係性を築けているようで、それによって失ったものを意識する必要がある。不感という病源を作ってしまっているかもしれない。そこに、しっかりとした人間関係が派生するものが補充されていれば、完結されるんです。

——そうすると、これからのデザインはもっと難しくなりますね。

 

勝井・宮沢:難しくなりますよ。

 

浅香:その通りですね。

 

洪:価値観やライフスタイルは多様でもいいと思うのですが、価値にちゃんと答えられるものになっているのか、ということが問題なんですよね。でも、その価値が歪んでしまっている場合があるんです。それはデザイン云々ではなくて、人間教育の部分でもあるので、それを正すためにも、デザインを通して、何か価値を学ぶことができることもあり得ると思っています。もちろんデザイナーだけではなくて、小学校の先生だってそういうことを考えなければいけないし、親が小さい子供をしつけるときにも、それを考えなければいけないはずなのに、どこかいろんな分野で足りていないんですよね。

 

勝井:昔は一人の発言ってすごく重かったんですけど、今はどこでも発言ができるようになってしまった分、すごく軽くなってしまっていて、そこの補充もできていないんですよね。みんなの言葉しかない。

 

 

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