明治時代 妖怪とは何か?怪奇現象はなぜ起きるのか?本気で考えた学者がいた!!妖怪学者 井上円了

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「妖怪博士」とよばれた一人の男 

 

——円了が妖怪学を始めたきっかけは何だったのですか?

 

円了の妖怪学研究は、「不思議に感じることが、不思議だな」と思っているところから始まります。
まず生い立ちからご説明しますと、円了は、新潟県長岡市にある東本願寺派の慈光寺という寺の長男として生まれました。先生はその後、明治維新を経験し、まず当時の教養のひとつである漢学を勉強し、それから長岡の洋学校に入り、英語で物事を勉強したんです。優秀だったようです。そして、京都の東本願寺の学校に、選ばれて入学しています。京都には半年しかいなかったのですが、特別に選ばれた学生のひとりとして、創立されたばかりの東京大学への留学を命じられ、大学の予備門に入学し、それから文学部哲学科に進みました。哲学科の入学生は円了一人だけでした。当時の哲学科では、純正哲学、倫理学、論理学、心理学をやるので、円了の著作には、心理学の関係が多くあります。西洋の臨床的心理学は実験による心理学ですから、円了自身が心理学を勉強したというのは大きいですね。
円了は、「西洋では降霊術が研究されているのだから、日本も研究をすべきだ」という考えで、明治18年に不思議研究会というものを創ったんです。人間にとって、「何が不思議なのか」ということに関心を寄せるようになり、狐憑きとか、白狐さんや、占いなどの資料を集め始めました。全国をまわったときも、各地に伝わる妖怪談を集めていたんです。
その材料と、江戸時代前から読み継がれている、日本人の妖怪の文献を、円了も、子どもの頃からよく読んでいたようなのですが、今度は自分で分類して、不思議研究から発展させて、妖怪学講義というものを始めたんです。

 

 

——円了は妖怪など目に見えないものは、存在すると思って研究をされ始めたのでしょうか?それとも、存在しないものとして、研究をされ始めたのでしょうか。

 

「誤怪」「偽怪」「仮怪」「真怪」という4つの分類を最初につくったのですが、生涯それを貫いていました。「誤怪」とは、偶然に見間違えたもの。「偽怪」とは、人が意図的につくりだしたもの。そして「仮怪」とは、自然現象で起こる不思議なこと。そして、最後、人間が科学では理解できないものを「真怪」と呼んでいたんです。普通の人が言う、お化けや、幽霊は、偽怪や誤怪、あるいは、自然現象の仮怪であろうと言っているのですが、妖怪を否定しているわけでもないし、肯定しているわけでもないんですよ。

 

 

——判断しきれない何か、があったんですね。

 

「知」でもって、知り得るものの限界がある、ということなんです。円了の場合は、哲学=妖怪学と理解している点もあり、畏れや迷信、俗信を取り除くことが、宗教や教育を正しい方向に学ばせることになるだろう、という考え方でした。突き詰めていって、でも究極的に分からないところがある、それが「真怪」なんですよね。

 

 

——妖怪学について、柳田國男は、円了の考え方に対して真っ向から否定をしていますが、お二人の考え方の一番の違いは何だと思われますか?

 

柳田國男にとって、円了のように妖怪の存在を否定するのは、あり得ないことなんです。柳田國男は、俗信的なものは、「大切に保存すべき民俗の考え方のひとつだ」と言っています。民俗学的には、保存することが大切だ、という考え方です。でも、柳田國男は民俗学が専門ですが、官僚としても、栄達を成し遂げた方なので、そこにも考え方の違いは生まれるのかな、とも思います。

 

 

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