特別展『ガウディ×井上雄彦』公式ナビゲーター  

建築家 光嶋裕介氏に話しを聞く!!

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特別展「ガウディ×井上雄彦」2014.7.12 – 9.7 公式ナビゲーター  光嶋裕介氏 

 

 

ピンク(米国で生まれた日本人)から見た青(ドイツ)とは——

 

青がどう見えるか、というとドイツ人は真面目で、ビールをよく飲み、ソーセージとジャガイモばっかりを食べている、という「典型」があるんですが、日本人の真面目さや、文化について相対的に語れるヨーロッパは僕にとっては新鮮でした。音楽であったら、僕はベルリンに行く前は、ジャズしか聴かなかったのが、クラシックの世界に飛び込んで、自分にとって新しいものにNOと言わないで、いろいろなものに踏み込んで触れていく、ということをベルリンはすごく自然に提供してくれた。それはいろいろな意味で生命力のある街というか、これがベルリン、というのを決めるのが難しいくらい、ど真ん中にあるクラシックもあれば、でも、コンテンポラリー・ダンスやヒップホップも雑多にある状態がベルリンの街であり、良さなんです。すごく綺麗な町並みもあれば、ぼろぼろになった、戦争の際の銃の痕もあるし、ベルリンの壁は大分なくなっているんだけど、街の中にいろいろなものが同居している。負の歴史とのつき合い方も含めて、時間が積層した感覚や、そういう複雑な状態が実は最も強靭なものなのではないか、と思ったんです。

 

建築でいうと、僕の師匠である石山さんは、芸術家肌というか、自分で決断をして、全てを決めていくのに対して、ベルリンでの師匠だったザウアーブルッフは、共同作業でいろいろな意見を取り込んでいく。僕もそのチームのひとりだったし、チームワークとしての建築の作り方、それは建築家としてのスタンスがまるで違うので、その振れ幅のなかで僕が学んだことも大きかったですね。それを今度自分が看板を立ち上げて、独立したらどう振る舞うか、ということに大きな影響を与えました。

 


 

 

「建築」に関して素人はいない——

 

衣食住で考えると、服を着ない人間はいないし、ものを食べない人間はいない、家に住まない人間はいない、ということは、衣食住に関わっていると、人間の根底的な部分に関わっているわけなんですよね。でも、その関わり方は自由で、食を見てみても、料理人として関わるのか、農家として材料を作る側になるのか、レストランで働くウエイトレスになるのか、雑誌などのメディア側になるのか、普段の生活の中で味わうのか。それは洋服においても、建築においても同じことが言えると思うんですよね。

建築家は「住」に関わっている仕事なんだけど、その舞台である「住宅」を設計するプロであると同時に、プレイヤーでもあるんですよね。僕自身も家に住んでいるわけですし。食事をする場所もあるし、衣服に関わる全てのことも、建築がないと成り立たないわけです。「建築」もしくは「空間」というと分かりやすいかもしれないんですが、60億人誰もが建築空間に関わって生きている、そこには玄人も素人もないんですよね。

 

 

体感センサーを養う——

 

みんなが建築空間に対して、何かしらのシグナルを享受するためのセンサーを持ち合せていると思うんですが、そのセンサーがすごく鈍化していると思っています。僕自身もそのセンサーの感度を磨きたいと日々思っているんです。
僕は旅を通して、いろいろな建築を見たり、いろいろな自然と出会い、風景と対峙すると、すごい滝を見たり、山を登ったり、地平線を見ることによって、言語には回収されないけれど、様々な体験は身体体験として覚えていく、それが建築を創る際にヒントになっていくと思っているんです。良質なストックを体の中に取り込みたいんです。「住宅の根底にあるものは何なんだろうか」「洞窟みたいなところに人は元々住んでいたのか」「木の枝のようなものを組上げた小屋のようなところに住んでいたのか」ということを考えることは、身体的な自分の体験との対話によって成り立つ。僕は、そういうことを考えながら、建築を設計するプロではあるけれども、建築のことを語ることにおいては、みんなフラットだと思う。

 

DJの音響ブースとかを見ていると、たくさんボタンがありますよね。人間の体にも同じようにたくさんのスイッチがあって、そのボタンをひとつひとつ動かして、チューニングするという感覚を人間の体も自然にやっているように思うんです。「この空間、気持ちがいいな」ということでもね。しかし、そのセンサーが最近あまり発動していない人が増えているように思うので、僕はなんとかそれを解放していけるようなことができないか、考えています。
建築は、人間の五感の味覚以外のすべてに訴えかけることができるメディアだと思うんです。空間がわれわれの身体に入力し得るシグナルは、多様であり、そうした「皮膚感覚」のように比較考量することのできないものを伝達したいと考えています。それを設計としてもやりたいし、本を書いたり、絵を書いたり、大学で教えたりして、建築と携わることでそこの部分を少しでも多く共有することで、人間のもっと違う部分があるのではないか、ということを一緒に発見したいですね。

 

 

光嶋裕介のアドレナリンが出る瞬間——

喜びという意味においては、絵を描いたり、何かを作っていたりするときが一番開放感を覚えます。この間も内田樹先生との連載で絵を描いている瞬間は、アドレナリンが放出されているというか、ワクワクする気持ちになりますね。最も自分に向き合っている瞬間でもあるんですよね。

先ほども言いましたが、建築家は共同作業だと思っているので、常にいろんな人とシーソーに乗っている感覚というか、良い意味でもそうでなくても、ときたま自分が見えなくなる時があるんです。でも、絵を描くときは1対1で、自分と建築のことを深く思考できる唯一の時間ですね。事務所で絵を描いている瞬間は、孤独と向き合いながら、自分の中にあるものとの対話が成立し、一方で、旅を通してスケッチしているときは、対象となる目の前の建築と会話をしながら描いている。この二つの瞬間は、物理的にはペンを持って紙に向かいあっているんだけど、脳の中では全然違うものの、共にアドレナリンが出ていることには間違いないですね。描く時間が、生活のルーティーンとなっていることはすごく大事。

 

 

福田恆存『人間・この劇的なるもの』——

 

学生の頃に読んだ、福田恆存という哲学者の書いた『人間・この劇的なるもの』という書籍に、「(生きる上で)だれもが、なにかの役を演じたがっている。また演じてもいる。」という言葉があって、なるほどね、って思ったんですよ。僕は、「光嶋裕介」という仮面をかぶって、今話をしている、建築家としてや、ガウディの話をこれからするにしても、常に仮面をかぶっている。でも、「本当の光嶋裕介」はどこにいるんだ、と考えたときも、一人で鏡に向かっているときも、実は架空の舞台に上がっていて、見る、見られるという関係性がそこに常に存在する、ということが書かれていたんです。

僕はアメリカで生まれて、家の外に出ると英語が飛び交っていて、運良く、「ブライアン」っていうセカンド・ネームもつけられたので、人格も違ったんです。英語をしゃべっているときはブライアン人格になって、家に帰ってくると日本語になって、名前も「裕介」になるという具合に。僕にとっては違う仮面をつけているような感覚だったんです。実はドイツ語を話しているときが一番、年齢が若い感覚なんですけどね。

でも、いろいろな仮面をつけている、ということに対して、どこかでいいのかな?って思ったときに、極力、舞台に立っているときの役回りを同じにすればいいんだ、と思うようになったんです。恋人の前でも、家族の前でも、赤の他人の前でも。FacebookやTwitterなどのSNSを通して不特定多数の人の前でも。同じ「光嶋裕介」を舞台の上で演じ続けられれば、自分のなかで辻褄合わせをする必要もなく、ストレスなどで不快にもならない。逆に無理をして、いろいろな仮面をその時々に相手に合わせてつけてしまったらシンドイんじゃないかな、って思ったんです。どれだけ自然体でいられるか、ということが大きいと思います。また、さっきの色に置き換えると、自分がピンク(アメリカ生まれの日本人)であるとか、青(ドイツ)である瞬間が整理されるのではないかな、と思っています。それを生み出すには、僕の場合はルーティーンが必要なんです。自分のなかに決まった日常がないと見失ってしまう気がします。

 

 

 

特別展 ガウディ×井上雄彦 – シンクロする創造の源泉 -

Takehiko Inoue interprets Gaudi’s Universe


会期:2014年7月12日(土)〜9月7日(日)※会期中無休


会場:森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ 森タワー 52F)

 

 

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