父親の倒産、共に立ち上げた兄の早すぎる定年退職、紆余曲折の20年目 明和電機 土佐信道インタビュー!!

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明和電機を蘇らせるということ 

 

——作品は、かなりエキセントリックな感じですよね。

ナンセンスというのは、エキセントリックに近いんですけど、センスのひとつだと思っていて、めちゃめちゃなことをやるというエキセントリックではなくて、常識というものがまずあって、それを超えるにはどうしたらいいのかなということをずっと考えているんです。その結果が変わっているという感じですね。

 

 

——作るまでのプロセスは、お父様から教えて頂いたのですか?

父親からは一切ないですね。でも、生まれたときから、1階が工場、2階が住居というところに住んでいたので、勘はあるんだと思います。

 

——景気が悪くなってお父様が廃業された後、どうしてまた、ここの分野を触ろうと思われたのですか?

小学校6年生のときに父親の会社が倒産をして、明和電機をそこで封印してしまったんです。でも、小さいころ父親とは全然会っていなかったんですけど、その問題も自分の中で解決をしなくてはいけないなと思って、23歳のときに、お兄ちゃんと、もう一度、明和電機をやろうと思って始めました。自分が大人になってくると、父親のロマンとかも見えてくるんですよね。昭和の職人の心意気がいいなと思って。

 

 

——壁を超える大きな作業だったんですね。

そうですね。思春期を解決する感じはありましたね。そのあとも親父とは、ほとんど会わないまま亡くなってしまいましたし、お兄ちゃんも2000年に定年退職をしてしまったんですけどね。

 

  

——今年は、どのような作品を制作されていますか?

 

今年の7月にフランスで、スペイン人の振り付けをされている方が明和電機の楽器を使ってパフォーマンスをするというイベントがあるんですが、それに向けての準備をしています。明和電機の様式を他社に預けてしまうという、明和電機としては初のフランチャイズなんです。

 

——自分以外の方に作品を預けるのはとても勇気のいることだと思いますが、フランチャイズ化させてみようと思われたきっかけは何でしたか?

厄年を過ぎたからかもしれないですね。「オタマトーン」のヒットも厄年を過ぎた頃だったんです。「オタマトーン」を出したときに、とにかく自分が想像しないような使い方を、みんながしていたんですよ。それがすごく面白かったです。製品は使って初めて、おもしろいものなので、どういじられるのか、っていうM心です。

 

——明和電機さん、Mなんですね!?

ドMですね。自分に対してSなドMです。周りからは突っ込まれたいですね。

 

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