映画『KANO』スペシャルインタビュー

第9回 大阪アジアン映画祭 OSAKA ASIAN FILM FESTIVAL 2014 Photo Gallery >>

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日本統治下、台湾の嘉義農林学校(嘉農)野球部に、松山商業出身の近藤兵太郎(永瀬正敏)が監督として赴任した。

日本人・台湾人・先住民による混成チームの嘉農野球部は一勝すらできない弱小チームだが、近藤によるスパルタ式指導により、台湾代表の座をもぎ取り、日本の甲子園出場へと目指す。台湾野球振興の原点となった嘉義農林学校の実話だ。

日本初上映となったこの日、会場には映画『KANO』の主人公である近藤兵太郎のお孫さんが会場に足を運んだ。台湾が日本の統治下であった1930年代、複雑な思いを描く人も少なくはないだろう。ただ、この映画はそのときを必死に生き、私たちに改めて、全力の強さ、全力の格好良さを教えてくれる、うらやましいほどに愛に溢れた映画だった。永瀬正敏演じる近藤だけでなく、野球部員ひとりひとり、そして、町の人たちひとりひとりの呼吸までもが伝わってきた3時間5分。いつの間にか野球少年たちの表情に、そして、情熱に引き込まれ、もっと観ていたい、と思った。

 

今作がデビュー作品となる俳優のマー・ジーシアン監督、ウェイ・ダーションプロデューサー、主演の近藤兵太郎を演じた永瀬正敏さん、そして近藤兵太郎を支えた妻役の坂井真紀さんインタビュー。 

 

 

時代背景ではなく、そこの中に生きた人間として描きたかった

1930年代の、台湾が日本統治下であった時代背景については、多くの資料を読み、十分理解をしていましたが、今回の作品では、あえて日本の植民地時代の環境を少し遠ざけ、人物を配置するというスタンスで映画を撮っていこうと決めました。脚本を書くにしろ、俳優さんたちに演じて頂くにしろ、あまり時代背景に焦点を当てず、そこの中に生きた人間として、少し遠くから見るという感じで臨みました。

今回、言語に関しての難題もありましたが、優秀なスタッフのみなさんと、俳優さんたちと映画を一緒に作ることができたので、映画にかける情熱というのは、みんな同じだったように思います。また、言葉が通じないということは、全力で相手を理解しようとするので、相手に対する熱が違うんですよね。

 

 

俳優としては素人でも、野球の経験がある人を

キャスティングの際、譲れない大きなハードルというのが、少年達の役には、絶対に野球の経験がある人、ということでした。

甲子園に出場するからには、観客に、この人たちは野球ができる、という説得力を持たせなければ、嘘っぽくみてしまうので、今野球の選手である、もしくは、以前野球をやっていたという人の中から選びました。

 

最初はプロの俳優さんにしようかと思い、やってみてもらったのですが、投げるのも受けるのも下手で、とても甲子園に出られるようなレベルではならないだろうと思い、俳優としては素人でも、野球の面を重視して選びました。実際に、台湾全土の野球のある高校や大学へ見に行き、選びました。また、ネットでも募集をかけ、16歳から22歳くらいまでの野球をやっている男子のなかで、15人を選び、トレーニングに入らせました。トレーニングは野球、日本語、演技の3種類を行いました。演技といっても、表情をつくるという小さなテクニックのことではなく、自分をどうやったら解放できるか、ということを重視して行いました。

また、この時代にあった雰囲気を持っているかどうか、ということも重視しましたね。それから、野球のトレーニングは撮影に入ってもずっと続けてもらいました。

 

KANOを良い映画にしてくれたのは、永瀬さんのお陰

近藤役の永瀬さんとは、監督という立場と、演じる側の立場で理解は違っていたと思うのですが、何度もじっくりとお話をさせて頂き、永瀬さんの方からも、近藤に対する理解や意見をいろいろと出して頂きました。そして、現場に入ってからも、お互いの意見交換を行い、近藤を創っていったのですが、2人の目標はひとつ、近藤をどのような人物に創りあげていくか、ということなので、意見が一致したら早かったですね。私が期待した以上の素晴らしい演技を永瀬さんが見せてくださったので、この『KANO』を良い映画にしてくれたのは、永瀬さんのお陰だと思います。

永瀬さんは、役者さんとして優秀なだけでなく、クリエイティブな面も、とても有能な方でした。多くのディテールは永瀬さんの意見を取り入れさせて頂きました。その点についてもすごく感謝をしていますし、ウェイプロデューサーが、永瀬さんの名前を脚本のところにも書かなければいけないのではないか、と言ったくらいなんですよね。

 

その中にいる人間の気持ちを描く

幼い頃から私自身も野球の選手だったので、甲子園はよく聞いていましたし、日本の高校野球の聖地であるということは分かっていました。

今回『KANO』を撮るにあたっては、なんといっても、1930年代の甲子園なので、とても難しかったのですが、甲子園の精神とはなんだろう、と考えたときに、それは、「栄誉のために戦う」ということではないか、球児たちが持っている野球の精神はいつの時代も変わることがないだろう、と思いました。

2012年には、実際に甲子園へ試合を見に来たのですが、試合以上に観ている観客はどうなのか、取材をしている記者たちはどうなのか、じっくり観察をしていました。セットは作ればできるのですが、その中にいる人間の気持ちを描くということはとても難しいんですよね。野球にかける魂と、応援をする人たちの気持ちは、今も昔も変わりはないと思いました。

 

映画の中に「勝ちたいと思うな、負けたくないと思え」というセリフがありますが、これは信念を貫いてやれ、というメッセージなんです。満開の花が咲いているところには、自然と蝶がやって来ますが、今回『KANO』は、満開の花を咲かせることができたと思います。沢山の方に観て頂けましたら幸いです。

 

マー・ジーシアン監督

  

事実、素晴らしさを、他の国の方々にも知ってもらいたい

演じるにあたり様々なことを調べました。その中で、いろいろと感じることもありました。でも、何よりこの作品に参加させて頂こうと思ったのは、近藤監督の周りにいた、嘉義農林学校(嘉農=KANO)の野球部員たちの事実、素晴らしさを、台湾や日本だけでなく、他の国の方々にも知って頂きたいという想いが一番強かったんです。

 

映画という共通言語

僕たちは映画という共通言語を持っているので、それが一個真ん中にあると、みんな仲間になれるんですよね。なので、一緒に映画を創っていくという点においては、どの国も変わらないと思います。ただ、規模は凄かったですね。久しぶりにこんな規模のものを見ました。ぱっと見ると、町ができているんですよ。次にぱっと見ると、船ができている。またぱっと見ると、甲子園ができている。それにはちょっと驚きましたね。それを見るだけでも、本気度が演者には伝わってきますよね。

 

そこに嘘は絶対につけない。

映画というものは、ドキュメンタリー以外は嘘なんですよね。その嘘をいかに一生懸命演じるか、そこにどうリアリティーをもって観て頂けるかということなんです。でも、その嘘にもうひとつ嘘を重ねてしまうと、観客の方に嘘がバレてしまう可能性がある。今回、僕らがやらせて頂いたような、実話の場合、体温が脈々とお子さんや、お孫さんたちに繋がっているんです。そこに嘘は絶対につけない。当時の日本人、日本の背景というのにも嘘はつけない。台湾のKANOというチームで一緒に戦ったということにも、嘘はつけない。それに、僕らとしては、日本の方達に観て頂いたときに、「そんなわけないよ、ちょんまげ、スニーカーの世界ではないよ」ということにならないようにしなければいけない、と思っていたので、そこについては監督にも一生懸命、話をさせて頂きました。でも、何が有り難かったか、って、書いてあることをやれ、って監督は一言も言わないんです。まず聞いてくれるんです。どう思っているんだ、これはどうなんだって。そこから始まって、撮影が終わってもマー監督、ウェイプロデューサーが時間を作ってくれて、翌日のシーンの話をいろいろとさせて頂く、そういう経験というのは、映画を創っている僕ら仲間たちとしては、とても有り難いことなんです。上から「やれ」って言ってもおかしくない立場のお二人ですし、それを言われたら、演じなければいけない職業なのに、今回、耳を傾けて頂ける懐の深さには本当に感謝しています。

 

 

もうひとつの『KANO』

僕らは『KANO』という映画をみんなで創ったのですが、今回、人種も性別も超えて、僕らもまるで、本物のKANOのような気がしています。未だに僕は生徒たちのことが大好きだし、僕の子供のことが大好きだし、マーさんもウェイさんも大好きだし、もし、誰かがどこかで誰かの陰口を言っていたら、断固僕は抗議をしに行く、というくらい、みんなのことが好きなんです。ここでもうひとつのKANOができたような気がします。 

写真:レッドカーペットでウェイプロデューサーを迎える永瀬さん、坂井さん、マー監督 

 

3時間5分。

最初話をもらったときに、3時間5分、長くない?と思ったんです。ただ、その3時間5分、自分たちがでているのに、長く感じなくて、むしろ、もっと長くてもいいんじゃないかと思えたんですよね。それはたぶん、マー監督とウェイプロデューサーの想いが、いちから最後のシーンまで詰まっているから、そう思えたんだと思いますね。野球だけでなく、いろいろな想いがちりばめられているし、全部素敵なんですよね。

映画は作っただけでは完結をしていなくて、お客さんに観て頂いて始めて完結するので、日本の皆さんにも、ひとりでも多く、1回、2回、3回、4回と観ていただきたいですし、他の国でも観て頂きたいと思っています。

 

永瀬正敏 

 

一度しかないものに全力で戦う

歴史の時代交渉に関しては、多方面に渡って、詳しく調べ、できるだけ1930年代の台湾の雰囲気、建物を表現し、様々な環境を再現しようと試みました。その中に人物を配置し、その時代に生きた人々はどのような気持ちで生きていたのか、ということをしっかりと捉えていくようにしました。

甲子園の試合が、毎年物語を作り続けていくというのは、どのようなことだろう、と考えたとき、それは非常に大きな甲子園の魅力なのですが、予選から始まり、必ず勝たなければ決勝にいけないため、必ず涙を飲むチームが生まれてしまうことなのではないかと思いました。甲子園というのは、多くの涙が背景にあるんです。なので、一度しかないものに全力で戦うということを映画にそのまま反映をさせました。3時間5分と、上映時間は長いですが、トイレに抜けられない工夫を沢山してあります。

 

ウェイ・ダージョンプロデューサー 

 

裏の努力もやはり本気だった

役をやらせて頂くにあたり、何冊も本を読み、時代背景について勉強をしました。ひとつの物事に対しても、ポジティブに思われていることと、ネガティブに思われていることは、同時に存在しているので、とても複雑ですが、そういう時代背景だったんだな、ということは胸に置き、演じました。

私はもともと野球がとても大好きで、小学校の頃は野球を私もやりたい、と思っていたくらい大好きだったので、当たり前のように甲子園を観ていたのですが、こんな昔からあったんだ、という驚きと、魅力は、より心にずっしりときました。今回の作品では、スタッフの人数も多く、球児たちも休まずに練習をしていて、裏の努力もやはり本気だったので、絶対良いものができるだろうな、と思いました。

私自身、描かれていない夫婦間のことを想像することが、一番苦労することでもあったんですが、そこは、同時に、楽しいことでもありました。作品を観たら、私自身も、すっかりこの作品のファンになりました。

 

坂井真紀

 

『KANO』2015年日本公開予定 

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  公式Facebook https://www.facebook.com/Kano.japan

 

 

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